そして、前回書かせていただいた童話作家のミヒャエル・エンデをもとにして作られた本である『エンデの遺言』を用いることにしました。エンデは『モモ』の著者でもあります。『モモ』では、人々に自分自身を取り戻させる不思議な力を持った一人の少女、モモが描かれています。貧しくても心豊かに暮らす人々の前に、時間泥棒という灰色の男が現れ、時間を節約して時間貯蓄銀行に預ければ、利子が利子を生んで人生の何十倍もの時間を持つことができると人々を誘惑していきます。そこで人々は、余裕のない生活に駆り立てられ、人生の意味まで失ってしまいます。そこでモモは盗まれた時間を人々に取り戻すために時間泥棒との決死の対決に挑むというストーリーです。働いても働いても何か物足りなく、物質的な豊かさとは裏腹にますます広がる空虚感が描かれています。エンデは、童話作家という領域を越え、『モモ』などの作品に、一見関係がないお金への問題意識を投げかけていました。エンデは、お金についてファンタジーの力を使い、過去からではなく、未来から考え、問題解決しようとしました。
貨幣の問題点として結論から言えば、エンデは、お金の問題点として「パン屋のパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われるような資本としてのお金は、二つの異なる種類のお金である」ということをあげています。このことについてはまた改めて詳しく説明しますが、前者のお金は物とお金が等価代償であるのに対して、後者のお金は商品としてのお金となっているのです。その例として、今世界中で動いているお金の95%以上が実際の経済の商品やサービスの取引に対応したものではありません。今日、国際為替市場で一日に取引されるお金の額は1.5兆ドルとも2兆ドルともいわれています。これは一日の額です。一年に直したら信じられない額です。その95%が実際の経済取引とは対応しない単なる金融上の取引に使われているのです。早い話、金が金を生む、そうした投資先を求めた動きや取引に使われているわけです。また、この商品としてのお金の根源にあるのが“利子”の問題であるということもまた改めて詳しく説明します。今は、この商品としてのお金が出現していますが、もともと、前回でも書かせていただいたように、お金は便利な道具としてつくりだされたはずで、今のようなものではありませんでした。
以上がお金の問題点です。
ミヒャエル・エンデってすごい人です。死ぬ前に貨幣の研究を何年間かしていたらしいです。
次回は紙幣はなぜ価値をもったのについて研究し尽くしたいと思っています。
それではまた次回読まれることを期待して。
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